👑多神教と一神教・生きてゆく上で必要と見なされる社会力学のような宗教はどっち?


***多神教***

多神教は自然崇拝から生まれた。

山に入ったらキノコやドングリやイノシシが採れて,海にはサカナや海藻が獲れる。
これらがひとつの神様から与えられたものとは考えず,独立した自然として捉えるので,それぞれに山に対する畏怖,海に対する畏怖がある。
そういう社会の族長は,自然を征服するのではなく,やはり長年の知恵を備え,自然とコミュニケーションがとれるシャーマン的な性格を有するのは,とても自然な考え方のように思えます。

多神教の教えはたくさんある。
日々の生活や、神々との付き合い方、仕事への向き合い方や、性愛についての教えもある。
人類には多能な文化が有る。これは各々の人種民族が創作した、発明家。

サタニズム(多神教)は、そのなかでも心と体を高める教えのひとつ。我々の幸せを脅かす悪との戦い方も教えている

自然に恵まれている地域は多神教が多いです。至るところに生命が満ちあふれており、あちこちに魂が感じられるからです。

原始宗教は、多神教だったと思います。それは自然への怖れがあったからでしょう。
自然の気象や季節の移り変わり、疫病との共存を発端とするからです。

紀元前は世界中が多神教でしたが、途中から世界的に一神教への変化が見られます。これは「一神教に変化した」というより「一つの強大な権力とそれによって位置づけられる権威と序列」が明確化したという報がよいでしょう。

一神教と多神教では信仰する人間側の神に対する概念が違いすぎる。

今、世界に必要なのは、すべて森や山に神が宿るという原始的な多神教の思想である。「日本こそ『八百万(やおよろず)の神』の精神を発揮すべきである。
古代世界では、多神教がメジャーであった。あらゆるものに神を感じられるのは感性が優れているともいえる

 *

日本に来たカトリックの宣教師は農民のなかに読み書きができる者がいることに驚きました。そして、彼らに言い負かされてしまいます。日本は宣教師の墓場と呼ばれていました。

日本に多神教が残ったのは、一神教という凶暴な宗教が、最近まで入ってこなかったからです。

最近、そう戦国時代には日本も力を付け、簡単に一神教の奴隷になることは無かったし、時の為政者がこの宗教の凶悪性と危険性を喝破していたからです。

日本人は多神教に馴染んでいるので、仏教も新しい宗教が増えたという程度の感覚で受け入れた。
ところで仏教は多神教でも一神教でもなく。無神論です。つまりゼロ神教です。一切を無とする仏教には神は要りません。

その後も一神教の侵入が継続しているが、日本人にとっては、新しい神様が増える程度であり、一神教から見ると、唯一神教から、
その他の神様に格下げされている状態になっている。

日本以外の先進国は、皆キリスト教?
先進国だから一神教なのではない。原始宗教を崇拝する民族を虐殺し、奴隷にして、その血を吸って成長してきたから、先進国になったのです。


*一神教*

一神教たるユダヤ教からキリスト教が誕生し、多神教世界を席巻して、多神教の神々は悪魔と言われ堕とされました。

一神教は、人間が作ったものです。
そして、原始宗教を駆逐してきました。虐殺し、奴隷にし、精神性を破壊してきた。

キリスト教やイスラム教の親はユダヤ教です。
つまり、砂漠の宗教です。生命現象に乏しい地域ですので、一神教になりやすいのです。

イスラム、ユダヤ、キリスト教など、神の絶対性を前提とする一神教の対立。

一神教の言う、神の子等よ、と言う呼びかけは総て同じ人種に対してであり、決して異人種には言ってない。信者から選択の自由を奪い、教会の言いなりに服従させるには一神教の方が好都合だったと考えられます。

一つの神を信仰する人種は、信仰する人間の側に、他民族に対して 共有 妥協 許し 慈悲の観念が極めて薄く、支配と隷属という価値観しか持ち合わせない。

 また、一の神を信仰する人間は、一つの神の姿の中に自らの姿を投影し、我々は選ばれし民族という人種的優越性と選民意識から来る人種差別が根底にあり、他民族を支配または殲滅しなければ自分達の存在も危うくなると考える。

 その思考の特異性の中から生まれた、他民族への富の略取と武力による略奪と植民地化…これは一神教の神による弊害もそうだけど、何よりも人種的な驕りによる人為的な弊害だと思う。

一神教のデメリットは絶対神という考えです。
絶対的な存在がある。そうならば自分もそうなりたいと思う。神の如くなりたい。
神のような権力、金を独り占めするのが奴らの思想。自分たちこそが絶対神。ゆえに他民族を下に見て残虐な限りを尽くす。

世界の悪の元凶は絶対神という思想にあると思います。一神教はなくならない限り世界に平和は来ないと考えます。くたばれ一神教です。

今のメジャーな宗教って人類を滅ぼすために作ったんだと思う。抑制、抑制ばかりで気力、生命力がガタ落ち。無気力、鬱だらけ。特に性に対する考えは滅ぶ方向ばかり。最初はもっとパワーを出すものだったはず。
禁欲→無欲、許し、祈りってパワー無くすからね。
パワーありあまってる奴には良いけど、無い人がやったら鬱一直線だから。風邪引いてるのに体冷やすようなもん。
みんながやれば良いってもんじゃないの。個人によって必要なものは違うんだから。

一神教からみた視点が支配的になっている。生産経済と獲得経済で比較すると、イスラームは長らく「商人の宗教」だったとされ,海上貿易の拠点を通じて拡大したはずです。


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多神教の神々は、我々に人生を謳歌しなさいと言っている。人生を明るく楽しく過ごしなさいと。
だが、それを邪魔する悪がいるのであれば、戦いなさいと言っている。泣き寝入りしても慰めてはくれない。勇気を出して立ち上がる者には、神々は力を与えてくれる。それが多神教。

キリスト教はサタニズムを一神教と捉えて悪魔崇拝と呼ぶ。ヤハウェの敵として、対極にあるのがサタンだから。
だが、サタニズムは多神教と思想を共有する哲学である。サタンだけを最高位と崇拝すると、結局一神教になるので氣をつける

私達は多数決の世界で飼いならされているが。それで他の思考は想像できないが。この世界は意志の強い少数が決める。良くも悪くも少数。

敵が少数で世界征服出来たなら、私達も少数で世界征服できる。
敵も味方も、学んだ精鋭が次の世界を決めていく…これが人類の歴史。

賢くなりましょう☆

 *

知恵袋など、検索で色々お散歩して集めて来た☆
多神教だった世の中を。一神教が蔽いつくして行ったって感じですね。
日本も一神教の思想が入り込んでいる。

人類にとって最良の思想は多神教☆
人類にとって必要な社会学・人間学・精神学的な事を学びたいですね☆
٩(*∂∀6)۶


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